07-05
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施宣宇の陶芸哲学



文: 日本多治見市政府文化局  Mieko Yoshida

“ユニット”という寸法の基準は、時間や場所や会話をしている人々が変わるにつれていつも変化しています。人々の会話中に、刻々とたゆまぬ変化が起こっています。しかしながら、数多く様々な基準がある中で、そのうちのひとつだけが、一般的に認知され続けます。それは、歴史書において選ばれ、掲載されている話だけが、支持され、保持されていくことと同じです。サミュエル(施 宣宇)は、人々のお互いのやりとりから出てくる考えを集め、一度ばらばらにして理解し、作陶の過程を通じて瞬時にそれらを表現し、極端な高温で焼き上げることを得意としています。

多治見アーティストインレジデンスにおいてもこの考え方を理解してくださればと思います。様々な地域性の違いから、アーティストは文化、人々、物事の多様性を利用して、土を使い、コミュニケーション、理解、消化吸収、再構築などの一連の過程をすべて表現することができます。

記録:この計画の素晴らしい点は、東洋の考え方を反映する東洋的論理を使い、陶芸を通して、この考えを分かち合おうとすることです。自己の観点から、文化の分裂、許容をみてとろうと試みました。さらに、唐草、家紋、建築物、衣類なども観察しました。観察と記録の過程が重要な部分となります。

相互作用:芸術は美しい作品として、ギャラリーに埋もれていてはいけません。サミュエルは、観察、相互のかかわりあい、チームワークを通して、新しい考
え方を引っ張り出すのが好きです。アーティストインレジデンスは、学生や地域の住民が参加し、芸術について語る場となるでしょう。又、陶芸の制作過
程の技術の交換というものを超え、中国と日本文化の興味深い違いをみてとることができると思います。

サミュエルは、1988年に陶芸を学びはじめ、1994年に初めて個展を開いてから、10年以上がたちました。国内外の展示会への参加も50回を越えました。彼は、様々な種類の土、木、金属、硝子、機械仕掛けのような様々な材料を使い、高温度で焼く作品をつくることに焦点を絞りました。
文化の違う多くの国々を訪問し、何度もアーティストインレジデンスに参加してきました。文化交流員として、日本の陶芸の発祥地、多治見を訪問し、作陶に焦点をあてながら、芸術を追い求め、観察するものとしてこの文化的旅行を成功させたいと願っています。





[本日誌由 Samuel 於 2011-01-31 11:55 PM 編輯]
文章來自: 本站原創
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Tags: 施宣宇 陶芸哲学
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